はじめまして。
BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。
コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。
ヒナ田舎へ行く 230 [ヒナ田舎へ行く]
スペンサーは事後の策を練ろうとしていた矢先の呼び出しに不満一杯だった。なおかつ、ダンとブルーノの仲の良さを見せつけられたのだ。機嫌の悪さは最高潮に達していた。
「それで?俺たちを集めた理由は?」スペンサーは急いたように訊ねた。用が終わり次第、部屋へ引き上げるつもりだ。仕事もなんやかんやの後始末も、明日に持ち越しだ。
ヒューバートは全員を見渡せる位置に立っていた。イライラする息子の事など気に留める様子もなく、よく通る声でゆったりと言った。
「明日、代理人が来る」
「代理人?それはじいさまがうまくやったんじゃないのか?」スペンサーは反射的に言い返した。
「だからこうして情報が入った」ヒューバートはやれやれと肩を竦めた。息子の馬鹿さ加減に呆れているのだろう。
「すべてこっちに任せると言いながら、もう偵察か?」普段は口出ししないブルーノもたまらず声をあげた。ダンに関することだ。当然黙っていられるはずがない。
「ダンにはウォーターズ邸に行ってもらうことになる」ヒューバートはブルーノの言葉を無視した。
「ヒナも行く!」何を思ったのか、ヒナは飛び上がって全身でウォーターズ邸行きを志願した。
「カナデ様は行けません」ヒューバートは眉ひとつ動かさず、あっさり切り捨てた。
「どぉーして?」
とぼけているのか、本気なのか?
「どうしてダンがあいつのところに?」今度はスペンサーがヒナを無視して訊ねた。金持ちの気取り屋のところにダンを一人行かせるなど、断固反対。
「ここにいてはいけない存在だからだ。ウォーターズ様には了承を頂いている。ダン、明日の朝ノッティと一緒にあちらへ行きなさい」
手筈は整っているというわけか?
「はい。では、ヒナをよろしくお願いします」ダンは不安そうな顔を覗かせているものの、いつものきっぱりとした態度で応じた。
ダンの聞き分けの良さに、スペンサーは一抹不安を覚えた。もしかしてダンは、俺から逃げようとしているのか?多少強引なところはあったのは認めるが、そこまでするほどか?
「ヒナも行きたいのに~」ヒナがぶちぶちと文句を言う。
「今回は仕方がない。じいさまがこれからいいようにしてくれるはずだ。そうなったらダンも、代理人ごときでいちいち隣人に世話になることもないだろう」
ブルーノはダンをウォーターズ邸にやることに反対しないらしい。代理人がすぐに帰ってくれればいいが、数日間滞在することにでもなったら、そうのん気なことは言っていられないぞ。
「ブルーノの言う通りだ。カナデ様は代理人が何を聞いてきても、無視していただいて結構です。すべてわたくしにお任せください」ヒューバートは簡素に締めくくった。
「ぜんぶヒューにまかせる」ヒナはつまらなさそうに言って、スプーンで冷めたココアをかき回した。
ヒナが納得したのを合図に、その夜は散会となった。
つづく
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「それで?俺たちを集めた理由は?」スペンサーは急いたように訊ねた。用が終わり次第、部屋へ引き上げるつもりだ。仕事もなんやかんやの後始末も、明日に持ち越しだ。
ヒューバートは全員を見渡せる位置に立っていた。イライラする息子の事など気に留める様子もなく、よく通る声でゆったりと言った。
「明日、代理人が来る」
「代理人?それはじいさまがうまくやったんじゃないのか?」スペンサーは反射的に言い返した。
「だからこうして情報が入った」ヒューバートはやれやれと肩を竦めた。息子の馬鹿さ加減に呆れているのだろう。
「すべてこっちに任せると言いながら、もう偵察か?」普段は口出ししないブルーノもたまらず声をあげた。ダンに関することだ。当然黙っていられるはずがない。
「ダンにはウォーターズ邸に行ってもらうことになる」ヒューバートはブルーノの言葉を無視した。
「ヒナも行く!」何を思ったのか、ヒナは飛び上がって全身でウォーターズ邸行きを志願した。
「カナデ様は行けません」ヒューバートは眉ひとつ動かさず、あっさり切り捨てた。
「どぉーして?」
とぼけているのか、本気なのか?
「どうしてダンがあいつのところに?」今度はスペンサーがヒナを無視して訊ねた。金持ちの気取り屋のところにダンを一人行かせるなど、断固反対。
「ここにいてはいけない存在だからだ。ウォーターズ様には了承を頂いている。ダン、明日の朝ノッティと一緒にあちらへ行きなさい」
手筈は整っているというわけか?
「はい。では、ヒナをよろしくお願いします」ダンは不安そうな顔を覗かせているものの、いつものきっぱりとした態度で応じた。
ダンの聞き分けの良さに、スペンサーは一抹不安を覚えた。もしかしてダンは、俺から逃げようとしているのか?多少強引なところはあったのは認めるが、そこまでするほどか?
「ヒナも行きたいのに~」ヒナがぶちぶちと文句を言う。
「今回は仕方がない。じいさまがこれからいいようにしてくれるはずだ。そうなったらダンも、代理人ごときでいちいち隣人に世話になることもないだろう」
ブルーノはダンをウォーターズ邸にやることに反対しないらしい。代理人がすぐに帰ってくれればいいが、数日間滞在することにでもなったら、そうのん気なことは言っていられないぞ。
「ブルーノの言う通りだ。カナデ様は代理人が何を聞いてきても、無視していただいて結構です。すべてわたくしにお任せください」ヒューバートは簡素に締めくくった。
「ぜんぶヒューにまかせる」ヒナはつまらなさそうに言って、スプーンで冷めたココアをかき回した。
ヒナが納得したのを合図に、その夜は散会となった。
つづく
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ヒナ田舎へ行く 231 [ヒナ田舎へ行く]
ダンがウォーターズ邸行きを快諾したのは、当然といえば当然。
様子を見に来た代理人の目から逃れるには、お隣は格好の隠れ場所だ。しかも隣人は他人ではなく、自分の主人なのだ。これほど都合のいいことはない。
そんな事情を知る由もないスペンサーは自己嫌悪に陥り、ブルーノは安易にお隣行きに賛成したことを後悔しつつあった。
それでも翌朝、ヒナの支度を終えたダンはノッティと共にウォーターズ邸へと行ってしまった。
ヒナは最後までダンに縋りつき、自分も行くのだとぎゃんぎゃん騒ぎ立てたが、ふらりと現れたヒューバートによってあっさり幕切れとなった。
しかも、今日はお隣さんがこちらに訪問する事もない。
ということで、まったくの暇人となったヒナは、甘いパンなしの質素な朝食を済ませると、部屋でふて寝を始めた。読みかけの本をぱらぱらめくり、ふぅと溜息を吐く。これを何度か繰り返しているうちに、とうとう本気で眠りに落ちた。
おやつの時間になり(今日はそんな時間はないのだが)、カイルがヒナの様子を見に来た。
「ねぇ、ヒナ。寝てるの?」カイルはシャツ一枚でベッドに横たわるヒナの肩を揺すった。
ヒナはうぅんと呻き、それから丸まった。
「いまさ、宿屋のおじさんから情報が入ったんだけど、代理人を乗せた馬車が村を出てこっちに向かったって」
カイルはそう言って、しばらく待った。代理人が到着するまでに、ヒナに服を着せて、髪を整えて、図書室へ連れて行かなければならない。なのでぐずぐずしている暇はない。
「あっ!ウォーターさんだ!」カイルはヒナの耳元で叫んだ。
ヒナは飛び起き、あたりをきょろきょろと見回し「どこ?」と必死の形相で居もしないジャスティンを探した。
「ヒナ、支度をするよ」
カイルは有無を言わせぬ態度で、ひとまずヒナをベッドの端に座らせた。シャツのボタンをきちんと留めて、くしゃりと丸まった靴下を履かせる。ズボンが見当たらない。仕方がないので適当なズボンを衣装棚から取って来て穿かせた。クラヴァットは結べないのでなしだ。
ヒナの身体はくにゃりとしていて扱いやすかったが、髪の毛は別だった。カイルの手にはおえず、ぼさぼさのままで部屋を出ることとなった。
「どこへ行くの?」とヒナはぼんやりとした様子で訊ねた。まだ寝ぼけているようだ。
「伯爵のスパイが来るんだよ」カイルは答えた。
「スパイ?」ヒナの目がきらりと光った。スパイ大好き。
「そうだよ。だからヒナはいい子にしてなきゃ」カイルはお兄さんぶって言った。
「はーい」ヒナはカイルの腕に自分の腕を絡め、いい子ちゃんの返事をした。
スパイ相手に芝居をする準備は整った。いざ、図書室へ!
つづく
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様子を見に来た代理人の目から逃れるには、お隣は格好の隠れ場所だ。しかも隣人は他人ではなく、自分の主人なのだ。これほど都合のいいことはない。
そんな事情を知る由もないスペンサーは自己嫌悪に陥り、ブルーノは安易にお隣行きに賛成したことを後悔しつつあった。
それでも翌朝、ヒナの支度を終えたダンはノッティと共にウォーターズ邸へと行ってしまった。
ヒナは最後までダンに縋りつき、自分も行くのだとぎゃんぎゃん騒ぎ立てたが、ふらりと現れたヒューバートによってあっさり幕切れとなった。
しかも、今日はお隣さんがこちらに訪問する事もない。
ということで、まったくの暇人となったヒナは、甘いパンなしの質素な朝食を済ませると、部屋でふて寝を始めた。読みかけの本をぱらぱらめくり、ふぅと溜息を吐く。これを何度か繰り返しているうちに、とうとう本気で眠りに落ちた。
おやつの時間になり(今日はそんな時間はないのだが)、カイルがヒナの様子を見に来た。
「ねぇ、ヒナ。寝てるの?」カイルはシャツ一枚でベッドに横たわるヒナの肩を揺すった。
ヒナはうぅんと呻き、それから丸まった。
「いまさ、宿屋のおじさんから情報が入ったんだけど、代理人を乗せた馬車が村を出てこっちに向かったって」
カイルはそう言って、しばらく待った。代理人が到着するまでに、ヒナに服を着せて、髪を整えて、図書室へ連れて行かなければならない。なのでぐずぐずしている暇はない。
「あっ!ウォーターさんだ!」カイルはヒナの耳元で叫んだ。
ヒナは飛び起き、あたりをきょろきょろと見回し「どこ?」と必死の形相で居もしないジャスティンを探した。
「ヒナ、支度をするよ」
カイルは有無を言わせぬ態度で、ひとまずヒナをベッドの端に座らせた。シャツのボタンをきちんと留めて、くしゃりと丸まった靴下を履かせる。ズボンが見当たらない。仕方がないので適当なズボンを衣装棚から取って来て穿かせた。クラヴァットは結べないのでなしだ。
ヒナの身体はくにゃりとしていて扱いやすかったが、髪の毛は別だった。カイルの手にはおえず、ぼさぼさのままで部屋を出ることとなった。
「どこへ行くの?」とヒナはぼんやりとした様子で訊ねた。まだ寝ぼけているようだ。
「伯爵のスパイが来るんだよ」カイルは答えた。
「スパイ?」ヒナの目がきらりと光った。スパイ大好き。
「そうだよ。だからヒナはいい子にしてなきゃ」カイルはお兄さんぶって言った。
「はーい」ヒナはカイルの腕に自分の腕を絡め、いい子ちゃんの返事をした。
スパイ相手に芝居をする準備は整った。いざ、図書室へ!
つづく
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ヒナ田舎へ行く 232 [ヒナ田舎へ行く]
代理人到着まで図書室で待機することになったヒナは、カイルの監視のもと窓辺でまどろんでいた。
「来た!」隣に座っていたカイルが窓の外に向かって声を上げた。
「あ、ほんとだ」ヒナは屋敷に向かってくる馬車を見て、いそいそと身なりを整えた。第一印象が肝心。「ヒナ、お出迎えする」
「ダメだよ。ここで勉強してなきゃ」カイルは机の上の勉強道具を指さした。ちゃんとやっているという演出だ。
「ちぇ」ヒナは窓辺を離れて、机に着いた。カイルはまだ窓の外を見ている。
「それにしても、すごくいい馬車。代理人ってお金持ちなのかな?あ、あれー?紋章付きじゃない?もしかして伯爵が来たのかな?」
伯爵!?おじいちゃん!
「もんしょうつきだと伯爵が来るの?」ヒナは椅子から飛び降り、元の場所に戻った。窓ガラスにおでこをつけ、もんしょうとやらを探す。
「だって伯爵が乗る馬車を代理人に貸したりはしないでしょ?でも貸したのかな?」カイルも訳が分からず、首をひねった。
「やっぱりお出迎えする!」おじいちゃんならなおさら。こういうときにダンがいたら完璧にしてもらえたのにと、ヒナはまったく締め付けのない首元を心許なげに見下ろした。
せめてヒューバートがいればいいのだが、ヒューバートもここにいてはいけないので、目下行方をくらませているという次第だ。
不器用に結ばれたポニーテールをふわんふわんと揺らしながら、ヒナは玄関へ向かった。急におじいちゃんに会えることになって緊張で顔面蒼白になってしまっている。
「ダメだってばヒナ」カイルは諦め半分で追いかけた。
玄関にはスペンサーがいた。
やってきたヒナとカイルを見て眉をつり上げたが、口を開く前に玄関ドアを開けた。
すでに馬車は到着していた。玄関前で出迎えていたブルーノがステップを下ろすと、紋章付きの扉が勢いよく開いて、およそ代理人とは思えない身なりの紳士が姿を現した。
ヒナはどきどきする胸を押さえ、大きく息を吸った。
いよいよだ。
「当分旅はごめんだね」紳士は地上に降り立つなり、文句を言った。
「パーシー!!」まさかまさかのパーシーだ!
パーシーの名はパーシヴァル・クロフトだが、伯爵からラドフォードを名乗るように要求された。なので次期伯爵、パーシヴァル・クロフト・ラドフォードがラドフォード家の紋章の入った馬車に乗っていてもなんらおかしくはない。
「やあ、ヒナ。お出迎えありがとう。こんなにすぐに会わせてもらえるとは思わなかったよ」パーシヴァルはヒナのとの関係を隠そうともせず、ヒナに向かって両手を広げた。
「わぁぁん。会いたかった!」ヒナは迷わずその胸に飛び込んだ。
つづく
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「来た!」隣に座っていたカイルが窓の外に向かって声を上げた。
「あ、ほんとだ」ヒナは屋敷に向かってくる馬車を見て、いそいそと身なりを整えた。第一印象が肝心。「ヒナ、お出迎えする」
「ダメだよ。ここで勉強してなきゃ」カイルは机の上の勉強道具を指さした。ちゃんとやっているという演出だ。
「ちぇ」ヒナは窓辺を離れて、机に着いた。カイルはまだ窓の外を見ている。
「それにしても、すごくいい馬車。代理人ってお金持ちなのかな?あ、あれー?紋章付きじゃない?もしかして伯爵が来たのかな?」
伯爵!?おじいちゃん!
「もんしょうつきだと伯爵が来るの?」ヒナは椅子から飛び降り、元の場所に戻った。窓ガラスにおでこをつけ、もんしょうとやらを探す。
「だって伯爵が乗る馬車を代理人に貸したりはしないでしょ?でも貸したのかな?」カイルも訳が分からず、首をひねった。
「やっぱりお出迎えする!」おじいちゃんならなおさら。こういうときにダンがいたら完璧にしてもらえたのにと、ヒナはまったく締め付けのない首元を心許なげに見下ろした。
せめてヒューバートがいればいいのだが、ヒューバートもここにいてはいけないので、目下行方をくらませているという次第だ。
不器用に結ばれたポニーテールをふわんふわんと揺らしながら、ヒナは玄関へ向かった。急におじいちゃんに会えることになって緊張で顔面蒼白になってしまっている。
「ダメだってばヒナ」カイルは諦め半分で追いかけた。
玄関にはスペンサーがいた。
やってきたヒナとカイルを見て眉をつり上げたが、口を開く前に玄関ドアを開けた。
すでに馬車は到着していた。玄関前で出迎えていたブルーノがステップを下ろすと、紋章付きの扉が勢いよく開いて、およそ代理人とは思えない身なりの紳士が姿を現した。
ヒナはどきどきする胸を押さえ、大きく息を吸った。
いよいよだ。
「当分旅はごめんだね」紳士は地上に降り立つなり、文句を言った。
「パーシー!!」まさかまさかのパーシーだ!
パーシーの名はパーシヴァル・クロフトだが、伯爵からラドフォードを名乗るように要求された。なので次期伯爵、パーシヴァル・クロフト・ラドフォードがラドフォード家の紋章の入った馬車に乗っていてもなんらおかしくはない。
「やあ、ヒナ。お出迎えありがとう。こんなにすぐに会わせてもらえるとは思わなかったよ」パーシヴァルはヒナのとの関係を隠そうともせず、ヒナに向かって両手を広げた。
「わぁぁん。会いたかった!」ヒナは迷わずその胸に飛び込んだ。
つづく
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ヒナ田舎へ行く 233 [ヒナ田舎へ行く]
おかしなことになっていると思ったのは、ヒナを除くロス兄弟全員だ。
まず、パーシーとやらが何者なのか見当もつかない。
代理人が来るはずなので、パーシーが代理人だとしてもおかしくはないのだが、兄弟たちは本能的にそれは違うと判断した。なぜなら、ヒナとやけに親しげだし(なにせ抱き合って再会を喜び合っているのだから)、伯爵家の馬車に乗って来たからだ。
スペンサーはヒナの頭をよしよしと撫でるパーシーを素早く値踏みした。
長身でほっそりとした体格はどこか貧弱で、力仕事とは無縁の階級であることを示している。身なりからしても上流階級の人間であることは確かで、身のこなしから貴族だと想像できる。
となると、へたに追い返したりしたら厄介なことにもなりかねない。
「ヒナ、そちらはどなただ?知り合いか?」スペンサーは冷静かつ明確に疑問を呈した。それにしても、到着予定の代理人はどこへ消えたのだろう?
ヒナはぎくりとし、抱きついていた紳士から離れた。「知らないひと」と目を伏せたまま嘘を吐く。どう見ても知り合いだろうに!
「僕が誰かもわからず出迎えたのか?」紳士が呆れたようにヒナを見て、それからスペンサーを見た。咎めるというより面白がっているようだ。
知っていて当然のような態度が気に障った。
「代理人だと思ったんです」カイルがしゃしゃり出てきた。ヒナよりも前に出て、紳士を見上げる。
「代理人?ああ、もしかしてあれかな?途中、路肩に止まっている馬車を見かけたけど。車輪がやられているようだったから、当分は身動きとれないのではないかな?」
「じゃあ、お昼過ぎるかな?」カイルはヒナに向かって訊ねた。
なぜヒナに?という疑問が湧き上がったが、スペンサーはのん気に御者と話し込んでいるブルーノに合図を送った。偵察に行け、と。
「たぶんね。それで、僕はいつになったら中に入れてもらえるのかな?」紳士は物憂げに肩を竦めた。
「ヒナに会いに来たんですか?」カイルは新たな客に興味津々だ。ヒナの代わりに抱きつくのではというほど近づいている。
「パーシーはヒナに会いに来ていません」ヒナがつっけんどんに言う。
いまさらどうあがいても他人のふりをするのは無理だ。「はいはい、パーシーはヒナに会いに来ていないが、彼が何者かを俺たちは知る必要がある」スペンサーはつい厳しい口調でぴしゃりと言った。
紳士が一瞬ムッとする。
「パーシヴァル・クロフト・ラドフォードだ」苦情は受け付けないとばかりに言い切ると、帽子を脱いでスペンサーに差し出した。「まさか僕を入れてはいけないと伯爵に命じられていないだろうね」にこりと笑って、両手を伸ばしてカイルとヒナの肩を抱いた。
ラ、ラドフォード!?パーシヴァル・クロフト!?
では、目の前にいるこの男が、次のラドフォード伯爵?
つづく
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まず、パーシーとやらが何者なのか見当もつかない。
代理人が来るはずなので、パーシーが代理人だとしてもおかしくはないのだが、兄弟たちは本能的にそれは違うと判断した。なぜなら、ヒナとやけに親しげだし(なにせ抱き合って再会を喜び合っているのだから)、伯爵家の馬車に乗って来たからだ。
スペンサーはヒナの頭をよしよしと撫でるパーシーを素早く値踏みした。
長身でほっそりとした体格はどこか貧弱で、力仕事とは無縁の階級であることを示している。身なりからしても上流階級の人間であることは確かで、身のこなしから貴族だと想像できる。
となると、へたに追い返したりしたら厄介なことにもなりかねない。
「ヒナ、そちらはどなただ?知り合いか?」スペンサーは冷静かつ明確に疑問を呈した。それにしても、到着予定の代理人はどこへ消えたのだろう?
ヒナはぎくりとし、抱きついていた紳士から離れた。「知らないひと」と目を伏せたまま嘘を吐く。どう見ても知り合いだろうに!
「僕が誰かもわからず出迎えたのか?」紳士が呆れたようにヒナを見て、それからスペンサーを見た。咎めるというより面白がっているようだ。
知っていて当然のような態度が気に障った。
「代理人だと思ったんです」カイルがしゃしゃり出てきた。ヒナよりも前に出て、紳士を見上げる。
「代理人?ああ、もしかしてあれかな?途中、路肩に止まっている馬車を見かけたけど。車輪がやられているようだったから、当分は身動きとれないのではないかな?」
「じゃあ、お昼過ぎるかな?」カイルはヒナに向かって訊ねた。
なぜヒナに?という疑問が湧き上がったが、スペンサーはのん気に御者と話し込んでいるブルーノに合図を送った。偵察に行け、と。
「たぶんね。それで、僕はいつになったら中に入れてもらえるのかな?」紳士は物憂げに肩を竦めた。
「ヒナに会いに来たんですか?」カイルは新たな客に興味津々だ。ヒナの代わりに抱きつくのではというほど近づいている。
「パーシーはヒナに会いに来ていません」ヒナがつっけんどんに言う。
いまさらどうあがいても他人のふりをするのは無理だ。「はいはい、パーシーはヒナに会いに来ていないが、彼が何者かを俺たちは知る必要がある」スペンサーはつい厳しい口調でぴしゃりと言った。
紳士が一瞬ムッとする。
「パーシヴァル・クロフト・ラドフォードだ」苦情は受け付けないとばかりに言い切ると、帽子を脱いでスペンサーに差し出した。「まさか僕を入れてはいけないと伯爵に命じられていないだろうね」にこりと笑って、両手を伸ばしてカイルとヒナの肩を抱いた。
ラ、ラドフォード!?パーシヴァル・クロフト!?
では、目の前にいるこの男が、次のラドフォード伯爵?
つづく
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ヒナ田舎へ行く 234 [ヒナ田舎へ行く]
屋敷へずかずかと入り込んだパーシヴァルは、カイルに案内されて居間のまあまあ座り心地のよいソファにヒナと並んで座っていた。
ヒナはまだ他人のふりを続けている。
「さあさあ、ヒナ。そんなに拗ねないで。別に僕と知り合いでもまずくはないだろう?お隣さんがジャスティンだってばれなきゃいいんだから」
ヒナは目を剥いて、シーッとパーシヴァルに黙るように言った。
「今は二人きりなんだから大丈夫だよ」パーシヴァルは魅惑的な唇を尖らせた。傍にジェームズがいればきっと吸ってくれただろうにと、ごくごく日常的な妄想を膨らませた。
「パーシーなにしに来たの?」
「なんて言い草だろうね」まったく憎たらしいったらない。「会いたかったって抱きついてくれたのは幻?僕はヒナが心配でジェームズとの束の間の別れにも耐えてここまでやってきたっていうのに」パーシヴァルは傷ついたふうに胸に手を当てた。
「にやにやしてる」ヒナが指摘する。
「幸せってこわいね」この数日の事を思い返して、パーシヴァルは更に頬を緩めた。ニヤニヤが止まらない。
それを見てヒナはピンときたようだ。「ジャムと幸せなの?」
「まぁ、そういうことになるかな?」パーシヴァルは気取ったふうにヒナにウィンクをした。
「両思いになった?」なおも確認するヒナ。
そんなに信じられない?
「おそらくね。好きだって言ってくれたから、そうだと思うけど……」途端に自信がなくなった。「恋人って最初が肝心だろう?ヒナが心配だから出掛けてくると言ったら、ゆっくりして来いってさ。そんなのってあるか?どうせなら、君がいないと仕事も手につかないとか言って欲しかったよ」
「ジャムはそんなこと言わない。仕事好きだから」ヒナの観察眼は確かだ。
「そうなんだよ。仕事仕事で、パートナーになった僕を早速こき使おうとするしさ、本当に恋人なのかと疑いたくなったね」
「ヒナのために来てくれたの?」
「ヒナがどんな目に遭っているかわからなかったし、もしひどい扱いを受けているならそれを改善できるのは僕しかないと思ったからね。これでもそこそこ力はあるんだよ」
「ありがとパーシー」
「それで?どうなってる?ジャスティンには会えているんだろう?ジェームズのところに手紙が来ていたから、それだけはわかっているんだが」パーシヴァルは小声で訊ねた。
ヒナも囁くように応じる。「ウォーターさんって言うの。雨が降ってなかったら会えるけど、今日は会えない。スパイが来るから」
スパイ?
「ああ、代理人ね。ほんとあのじいさんも悪趣味だよな。孫を屋敷に閉じこめて見張らせて、いったい何がしたいんだろうね」
「良い子かどうか確かめたいんだと思う」と、ヒナなりの考えを述べる。
「そんなことしなくても会ってみればわかることだ。ヒナはすごく良い子だ。あ、そうだった。そんな良い子ちゃんに渡すものがあったんだ。ミスター・アダムスからの手紙だ」パーシヴァルはにっこりとした。これでヒナが喜ばなきゃ、このおおおじもお手上げだ。
「アダムス先生から?やった!」ヒナは座ったままぴょんと跳ねて、喜びを露にした。
「僕に会えたときよりも喜ぶんだな。ああ、でも荷物の中だ。あとでエヴァンに持ってこさせよう」
「エヴァン?エヴィも一緒なの?」ヒナの表情がさらに明るくなる。
「おや?気付かなかったかい?御者台にいたんだけど。あの金髪の綺麗な男のせいで、ヒナからは見えなかったのかもしれないな。彼はジェームズが遣わした僕の見張り役さ」そんなもの必要ないって何度も言ったのに。
「きれい?ブルゥのこと?」ヒナは首を傾げた。
「いや、今のは失言だ。ジェームズに聞かれていたらお尻をこっぴどく叩かれていただろうな。無論、望むところだけど」最後の言葉は呟くように言った。僕がいじめられるのが大好きだなんて(もちろんベッドの上限定だけど)ヒナには言えない。
「浮気しちゃダメだからね」
さすがはヒナ。伊達にロマンス小説を読んでいないってわけか。「お目付役はここにもいたようだね」
でも、心配無用。ジェームズの他に欲しい男なんてこの先現れるはずない。
つづく
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ヒナはまだ他人のふりを続けている。
「さあさあ、ヒナ。そんなに拗ねないで。別に僕と知り合いでもまずくはないだろう?お隣さんがジャスティンだってばれなきゃいいんだから」
ヒナは目を剥いて、シーッとパーシヴァルに黙るように言った。
「今は二人きりなんだから大丈夫だよ」パーシヴァルは魅惑的な唇を尖らせた。傍にジェームズがいればきっと吸ってくれただろうにと、ごくごく日常的な妄想を膨らませた。
「パーシーなにしに来たの?」
「なんて言い草だろうね」まったく憎たらしいったらない。「会いたかったって抱きついてくれたのは幻?僕はヒナが心配でジェームズとの束の間の別れにも耐えてここまでやってきたっていうのに」パーシヴァルは傷ついたふうに胸に手を当てた。
「にやにやしてる」ヒナが指摘する。
「幸せってこわいね」この数日の事を思い返して、パーシヴァルは更に頬を緩めた。ニヤニヤが止まらない。
それを見てヒナはピンときたようだ。「ジャムと幸せなの?」
「まぁ、そういうことになるかな?」パーシヴァルは気取ったふうにヒナにウィンクをした。
「両思いになった?」なおも確認するヒナ。
そんなに信じられない?
「おそらくね。好きだって言ってくれたから、そうだと思うけど……」途端に自信がなくなった。「恋人って最初が肝心だろう?ヒナが心配だから出掛けてくると言ったら、ゆっくりして来いってさ。そんなのってあるか?どうせなら、君がいないと仕事も手につかないとか言って欲しかったよ」
「ジャムはそんなこと言わない。仕事好きだから」ヒナの観察眼は確かだ。
「そうなんだよ。仕事仕事で、パートナーになった僕を早速こき使おうとするしさ、本当に恋人なのかと疑いたくなったね」
「ヒナのために来てくれたの?」
「ヒナがどんな目に遭っているかわからなかったし、もしひどい扱いを受けているならそれを改善できるのは僕しかないと思ったからね。これでもそこそこ力はあるんだよ」
「ありがとパーシー」
「それで?どうなってる?ジャスティンには会えているんだろう?ジェームズのところに手紙が来ていたから、それだけはわかっているんだが」パーシヴァルは小声で訊ねた。
ヒナも囁くように応じる。「ウォーターさんって言うの。雨が降ってなかったら会えるけど、今日は会えない。スパイが来るから」
スパイ?
「ああ、代理人ね。ほんとあのじいさんも悪趣味だよな。孫を屋敷に閉じこめて見張らせて、いったい何がしたいんだろうね」
「良い子かどうか確かめたいんだと思う」と、ヒナなりの考えを述べる。
「そんなことしなくても会ってみればわかることだ。ヒナはすごく良い子だ。あ、そうだった。そんな良い子ちゃんに渡すものがあったんだ。ミスター・アダムスからの手紙だ」パーシヴァルはにっこりとした。これでヒナが喜ばなきゃ、このおおおじもお手上げだ。
「アダムス先生から?やった!」ヒナは座ったままぴょんと跳ねて、喜びを露にした。
「僕に会えたときよりも喜ぶんだな。ああ、でも荷物の中だ。あとでエヴァンに持ってこさせよう」
「エヴァン?エヴィも一緒なの?」ヒナの表情がさらに明るくなる。
「おや?気付かなかったかい?御者台にいたんだけど。あの金髪の綺麗な男のせいで、ヒナからは見えなかったのかもしれないな。彼はジェームズが遣わした僕の見張り役さ」そんなもの必要ないって何度も言ったのに。
「きれい?ブルゥのこと?」ヒナは首を傾げた。
「いや、今のは失言だ。ジェームズに聞かれていたらお尻をこっぴどく叩かれていただろうな。無論、望むところだけど」最後の言葉は呟くように言った。僕がいじめられるのが大好きだなんて(もちろんベッドの上限定だけど)ヒナには言えない。
「浮気しちゃダメだからね」
さすがはヒナ。伊達にロマンス小説を読んでいないってわけか。「お目付役はここにもいたようだね」
でも、心配無用。ジェームズの他に欲しい男なんてこの先現れるはずない。
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ヒナ田舎へ行く 235 [ヒナ田舎へ行く]
面倒は次々と舞い込んでくる。
望んでもいないのに。
ブルーノは茶を淹れながら、クロフト卿をどうしたものかと頭を悩ませていた。
スペンサーはすでに逃げ出した。親父を探してくると言っていたが、疑わしいものだ。そもそも親父はどこへ行ったんだ?屋敷のどこかにいることは確かだが、この騒ぎに姿を現さないのはどうかしている。
ともかく、カイルを偵察にやって、その間に俺はダンを迎えに行こう。ダンなら、ヒナとクロフト卿の関係を明確に答えてくれるだろう。いや、その前にあの御者に聞いてみるのも悪くはない。もうそろそろカイルと一緒にやって来てもいい頃だ。
「ブルーノ!あの人、談話室に案内しておいたよ」カイルがやけに甲高い声をあげながらキッチンに入って来た。どうやら、あの男の風貌に怖気づいたようだ。左のこめかみから頬にかけての大きな傷痕は、尋常ではない何かが過去に起こったことを物語っている。
いったい何があったのか興味を惹かれるが、いまはともかく、クロフト卿が何をしにここへ来たのかが問題だ。ヒナに会いに来たのだとしたら、それは伯爵の指示なのだろうか?本当に彼は代理人ではないのか?途中故障した馬車を見掛けたと言ったが、現段階では確かめようがない。午後、遅れている代理人が来なければ、彼は嘘を吐いていたという事だ。
「お前はヒナのところに茶を運んでくれ。カップは三人分。何をするか分かるな?」廊下を挟んだすぐむこうに、クロフト卿側の人間がいると思うと大きな声は出せなかった。
「一緒にお茶を飲めばいいんでしょ」カイルは事も無げに言うと、トレイを手にした。おやつがたっぷり乗っているのを見て、にんまりとする。「じゃあ、ブルーノはエヴァンさんをよろしくね」食器をカチャカチャいわせながら、早足で廊下を行った。
「エヴァンさん?こわがっているわりには、名前はしっかり確認したわけか」ブルーノはマグをひとつ棚から取ると、ポットに残った紅茶を注ぎ、談話室に向かった。
エヴァンは全身黒尽くめで陰気な顔をしていた。まるで喪中のようだと、ブルーノは思った。
「しばらくここにいるのか?」出し抜けに訊いて、テーブルにカップを置いた。腕を組んで、見下ろすようにして返事を待つ。
「さあな。あの方は気まぐれなので」エヴァンは素っ気なく言い、うんざりとした溜息を吐いた。「玄関に荷物を置いたままなのだが」
「部屋の用意が整ったら、運んでおく」
「それはありがたいが、あまりあの方に近づかないで欲しい」エヴァンが挑むようにこちらを見上げる。瞳は灰色だ。
ブルーノは青みがかった灰色の瞳で鋭く見返した。「どういう意味だ?」
「言葉通りだ」
エヴァンがそれきり黙ってしまったので、ブルーノは書置きを書斎に残して、ウォーターズ邸へと向かった。
つづく
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望んでもいないのに。
ブルーノは茶を淹れながら、クロフト卿をどうしたものかと頭を悩ませていた。
スペンサーはすでに逃げ出した。親父を探してくると言っていたが、疑わしいものだ。そもそも親父はどこへ行ったんだ?屋敷のどこかにいることは確かだが、この騒ぎに姿を現さないのはどうかしている。
ともかく、カイルを偵察にやって、その間に俺はダンを迎えに行こう。ダンなら、ヒナとクロフト卿の関係を明確に答えてくれるだろう。いや、その前にあの御者に聞いてみるのも悪くはない。もうそろそろカイルと一緒にやって来てもいい頃だ。
「ブルーノ!あの人、談話室に案内しておいたよ」カイルがやけに甲高い声をあげながらキッチンに入って来た。どうやら、あの男の風貌に怖気づいたようだ。左のこめかみから頬にかけての大きな傷痕は、尋常ではない何かが過去に起こったことを物語っている。
いったい何があったのか興味を惹かれるが、いまはともかく、クロフト卿が何をしにここへ来たのかが問題だ。ヒナに会いに来たのだとしたら、それは伯爵の指示なのだろうか?本当に彼は代理人ではないのか?途中故障した馬車を見掛けたと言ったが、現段階では確かめようがない。午後、遅れている代理人が来なければ、彼は嘘を吐いていたという事だ。
「お前はヒナのところに茶を運んでくれ。カップは三人分。何をするか分かるな?」廊下を挟んだすぐむこうに、クロフト卿側の人間がいると思うと大きな声は出せなかった。
「一緒にお茶を飲めばいいんでしょ」カイルは事も無げに言うと、トレイを手にした。おやつがたっぷり乗っているのを見て、にんまりとする。「じゃあ、ブルーノはエヴァンさんをよろしくね」食器をカチャカチャいわせながら、早足で廊下を行った。
「エヴァンさん?こわがっているわりには、名前はしっかり確認したわけか」ブルーノはマグをひとつ棚から取ると、ポットに残った紅茶を注ぎ、談話室に向かった。
エヴァンは全身黒尽くめで陰気な顔をしていた。まるで喪中のようだと、ブルーノは思った。
「しばらくここにいるのか?」出し抜けに訊いて、テーブルにカップを置いた。腕を組んで、見下ろすようにして返事を待つ。
「さあな。あの方は気まぐれなので」エヴァンは素っ気なく言い、うんざりとした溜息を吐いた。「玄関に荷物を置いたままなのだが」
「部屋の用意が整ったら、運んでおく」
「それはありがたいが、あまりあの方に近づかないで欲しい」エヴァンが挑むようにこちらを見上げる。瞳は灰色だ。
ブルーノは青みがかった灰色の瞳で鋭く見返した。「どういう意味だ?」
「言葉通りだ」
エヴァンがそれきり黙ってしまったので、ブルーノは書置きを書斎に残して、ウォーターズ邸へと向かった。
つづく
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ヒナ田舎へ行く 236 [ヒナ田舎へ行く]
ジェームズが顔に傷を持つオズワルド・エヴァンをパーシヴァルの見張り役として同行させたのは、単にエヴァンならすべてにおいて安心できると厚い信頼を寄せているからだ。
先だって、コリン・クレイヴンの脱走を手伝ったことを思えば、過分な信頼ではあるが、期待は裏切らない男だ。
エヴァンはマグに手を伸ばした。香りから察するに、ダンがロンドンから持参したもののようだ。ひと口飲んで自分の予想が当たっていたことに満足する。鼻がいいに越したことはない。
さて、その肝心のダンの姿が見えないのはどういうことだろうか?まさか何の情報も入らなかった二日の間に事情が変わってしまったのか?ダンがうまくここに入り込めたことは称賛に値する。ヒナが不自由なく過ごせているという証だからだ。
だが先ほどクロフト卿を出迎えたヒナは、非常に、なんというか、人前に出てもいいような格好ではなかった。自分でまとめたに違いないくしゃくしゃの髪の毛は言わずもがな、クラヴァットも結ばれていなかったし、シャツの後ろはズボンからはみ出ていた。ジェームズ様に見られでもしたら、まず間違いなくダンは減給処分だ。
あの男――ブルーノと言ったか――クロフト卿が好みそうな男だ。ジェームズ様の不安が的中したということだ。もちろん、ジェームズ様はわたしにクロフト卿を見張っておけなどとは言わなかったが、これでも自分に与えられた役割が何なのかは理解しているつもりだ。
エヴァンはパーシヴァルほど奔放な男を見たことがなかった。露骨で下品だとさえ思っている。ヒナが奔放なのもパーシヴァルのせいだと思っているのだ。実のところ、ただ単に甘やかされて育ったからなのだが、安易に一族の血が関係していないとも断言できない。母親のアンも型破りな人だった。アンが決まりに縛られず自分の考えを押し通したため、ヒナはこの世に存在していることをみても、ラドフォードには奔放な人間が生まれやすいようだ。
エヴァンはマグを置き席を立った。狭い談話室を出て、向かいのキッチンを覗く。あの男はいない。得体の知れない余所者をひとり残したままで不安ではないのか?
銀器を盗むかもしれないし、作り置きのパイに毒を仕込むかもしれない。そんな心配はしないのか?
キッチンは地下にある割に明るく、すべてが収まるべきところに収まり整然としていた。これでブルーノの性格が知れるというものだ。ますますクロフト卿好みではないか!?
そういえば、ブルーノはこの顔を見ても何の反応も示さなかった。誰しも一度は目を逸らすのに。もちろん、ヒナは違ったけれど。
あの子は物怖じせず近づいてきて、傷をなぞるように空で指先を上から下へと動かした。聞いたことのない言葉で何か言うと、今にも泣きそうな顔で抱きついてきた。
そのあと慰めの言葉と、“魔女の薬草”をくれた。すべてダンの計らいだ。
あの時から、エヴァンはヒナのファンになった。ダンにも一目置くようになった。だからこそクロフト卿のお供としてここまで来たのだ。
さて、旦那様に会う前に、屋敷の中を隅々まで探っておくか。ダンの行方も気になる。
エヴァンは足音も立てずに、素早く階上へと移動した。
つづく
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先だって、コリン・クレイヴンの脱走を手伝ったことを思えば、過分な信頼ではあるが、期待は裏切らない男だ。
エヴァンはマグに手を伸ばした。香りから察するに、ダンがロンドンから持参したもののようだ。ひと口飲んで自分の予想が当たっていたことに満足する。鼻がいいに越したことはない。
さて、その肝心のダンの姿が見えないのはどういうことだろうか?まさか何の情報も入らなかった二日の間に事情が変わってしまったのか?ダンがうまくここに入り込めたことは称賛に値する。ヒナが不自由なく過ごせているという証だからだ。
だが先ほどクロフト卿を出迎えたヒナは、非常に、なんというか、人前に出てもいいような格好ではなかった。自分でまとめたに違いないくしゃくしゃの髪の毛は言わずもがな、クラヴァットも結ばれていなかったし、シャツの後ろはズボンからはみ出ていた。ジェームズ様に見られでもしたら、まず間違いなくダンは減給処分だ。
あの男――ブルーノと言ったか――クロフト卿が好みそうな男だ。ジェームズ様の不安が的中したということだ。もちろん、ジェームズ様はわたしにクロフト卿を見張っておけなどとは言わなかったが、これでも自分に与えられた役割が何なのかは理解しているつもりだ。
エヴァンはパーシヴァルほど奔放な男を見たことがなかった。露骨で下品だとさえ思っている。ヒナが奔放なのもパーシヴァルのせいだと思っているのだ。実のところ、ただ単に甘やかされて育ったからなのだが、安易に一族の血が関係していないとも断言できない。母親のアンも型破りな人だった。アンが決まりに縛られず自分の考えを押し通したため、ヒナはこの世に存在していることをみても、ラドフォードには奔放な人間が生まれやすいようだ。
エヴァンはマグを置き席を立った。狭い談話室を出て、向かいのキッチンを覗く。あの男はいない。得体の知れない余所者をひとり残したままで不安ではないのか?
銀器を盗むかもしれないし、作り置きのパイに毒を仕込むかもしれない。そんな心配はしないのか?
キッチンは地下にある割に明るく、すべてが収まるべきところに収まり整然としていた。これでブルーノの性格が知れるというものだ。ますますクロフト卿好みではないか!?
そういえば、ブルーノはこの顔を見ても何の反応も示さなかった。誰しも一度は目を逸らすのに。もちろん、ヒナは違ったけれど。
あの子は物怖じせず近づいてきて、傷をなぞるように空で指先を上から下へと動かした。聞いたことのない言葉で何か言うと、今にも泣きそうな顔で抱きついてきた。
そのあと慰めの言葉と、“魔女の薬草”をくれた。すべてダンの計らいだ。
あの時から、エヴァンはヒナのファンになった。ダンにも一目置くようになった。だからこそクロフト卿のお供としてここまで来たのだ。
さて、旦那様に会う前に、屋敷の中を隅々まで探っておくか。ダンの行方も気になる。
エヴァンは足音も立てずに、素早く階上へと移動した。
つづく
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ヒナ田舎へ行く 237 [ヒナ田舎へ行く]
内部スパイとしての任務を遂行すべく、カイルは意気揚々と居間に踏み込んだ。
ヒナはすっかりくつろいだ様子で、部屋で一番大きなソファにクロフト卿と並んで座っていた。知らない人と言っていたわりには、クロフト卿にべったりとくっついている。
これをどうとっていいものやら、カイルは見当もつかなかった。
どうみてもヒナとクロフト卿は知り合いで、それを隠す必要があるとも思えないのに、ヒナは咄嗟に知らないふりをした。ヒナは、というよりもヒナのお父さんが、伯爵と知り合いなんだから、クロフト卿と知り合いでもおかしくないのだ。だってクロフト卿はラドフォードのひとなんだから。
カイルはブルーノを真似て背筋をぴんと伸ばした。「お茶をお持ちしました」かしこまった口調で言い、二人めがけて突き進んだ。仲間に入れてもらえなかったらと思うと、不安のあまり手が震えた。カイルはどうか仲間外れにしないでと、胸の内で懇願した。
ヒナが顏を上げた。クロフト卿もこっちを見た。
カイルは二人がどことなしか似ていることに気付いた。背格好も髪の色も瞳の色も何もかもが違うのに。
カイルはヒナに笑いかけた。「ブルーノがおやつを奮発してくれたよ」言ってしまって、よかったのかなと思った。これではまるで、いつもケチケチしているみたいにクロフト卿に思われてしまう。そうしたらブルーノはひどく腹を立てるだろう。
ヒナが満面の笑みになる。クロフト卿から離れない所を見ると、もう誤魔化したりはしないようだ。
「ナッツクッキーある?」ヒナが訊いた。
「うん。ある」カイルは答えて、サイドテーブルにトレイを置いた。それから勇気を出して、何気ない口調で言った。「僕もクロフト卿と一緒にお茶を飲んでもいい?」
「いいよ」ヒナは気さくに答えた。
肝心なのはクロフト卿の返事。カイルは固唾を飲んで高貴なお方の返事を待った。
「よかった」クロフト卿は擦れた声で言った。「誰にも相手をされないのかと思い始めていたんだ。まだ伯爵じゃないだけで、こうも無視されるとはね」かすかに憤りを滲ませカイルを睨みつけた。
「無視だなんて!全然違いますっ。スペンサーもブルーノもすごくびっくりして――だって、ここに伯爵家の人がくることなんてなかったもんだから」カイルは捲し立てるように弁解した。クロフト卿に興味津々なのに、無視したなんて思われたくない。
「冗談だよ」クロフト卿はにっこりとした。ヒナはクスクスと笑っている。
え?からかっただけ?そうなの?
「ああ、もう、びっくりした」
つづく
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ヒナはすっかりくつろいだ様子で、部屋で一番大きなソファにクロフト卿と並んで座っていた。知らない人と言っていたわりには、クロフト卿にべったりとくっついている。
これをどうとっていいものやら、カイルは見当もつかなかった。
どうみてもヒナとクロフト卿は知り合いで、それを隠す必要があるとも思えないのに、ヒナは咄嗟に知らないふりをした。ヒナは、というよりもヒナのお父さんが、伯爵と知り合いなんだから、クロフト卿と知り合いでもおかしくないのだ。だってクロフト卿はラドフォードのひとなんだから。
カイルはブルーノを真似て背筋をぴんと伸ばした。「お茶をお持ちしました」かしこまった口調で言い、二人めがけて突き進んだ。仲間に入れてもらえなかったらと思うと、不安のあまり手が震えた。カイルはどうか仲間外れにしないでと、胸の内で懇願した。
ヒナが顏を上げた。クロフト卿もこっちを見た。
カイルは二人がどことなしか似ていることに気付いた。背格好も髪の色も瞳の色も何もかもが違うのに。
カイルはヒナに笑いかけた。「ブルーノがおやつを奮発してくれたよ」言ってしまって、よかったのかなと思った。これではまるで、いつもケチケチしているみたいにクロフト卿に思われてしまう。そうしたらブルーノはひどく腹を立てるだろう。
ヒナが満面の笑みになる。クロフト卿から離れない所を見ると、もう誤魔化したりはしないようだ。
「ナッツクッキーある?」ヒナが訊いた。
「うん。ある」カイルは答えて、サイドテーブルにトレイを置いた。それから勇気を出して、何気ない口調で言った。「僕もクロフト卿と一緒にお茶を飲んでもいい?」
「いいよ」ヒナは気さくに答えた。
肝心なのはクロフト卿の返事。カイルは固唾を飲んで高貴なお方の返事を待った。
「よかった」クロフト卿は擦れた声で言った。「誰にも相手をされないのかと思い始めていたんだ。まだ伯爵じゃないだけで、こうも無視されるとはね」かすかに憤りを滲ませカイルを睨みつけた。
「無視だなんて!全然違いますっ。スペンサーもブルーノもすごくびっくりして――だって、ここに伯爵家の人がくることなんてなかったもんだから」カイルは捲し立てるように弁解した。クロフト卿に興味津々なのに、無視したなんて思われたくない。
「冗談だよ」クロフト卿はにっこりとした。ヒナはクスクスと笑っている。
え?からかっただけ?そうなの?
「ああ、もう、びっくりした」
つづく
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ヒナ田舎へ行く 238 [ヒナ田舎へ行く]
いいんだ。子供にしか相手にされなくっても。
私生活が充実していると、寛大な気分になれるものだ。
パーシヴァルは向かいに座ったカイルを、弟を見るような目つきで眺め回した。パーシヴァルには弟がいたことなど一度もないので、甥っ子を見るような目つきというのが正しいが。
うむ。なかなかかわいらしい顔立ちをしている。ヒナみたいにくりっとしたお目目は、世の中の汚い所なんて見たこともないのだろう。僕みたいな男は見ちゃダメだぞ。
カイルがパーシヴァルの視線に気付いたのか、つついていたレモンパイの皿をテーブルに戻した。こほんと咳払いをして、背筋を伸ばす。
「クロフト卿はヒナとどういう知り合いなんですか?ヒナのお父さんの友達?」カイルはやっと訊けたとばかりに肩の力を抜いて、ほうっと息を吐いた。
ヒナのお父さんの友達か。どうせならヒナの友達って訊いて欲しかったな。僕はまだぴちぴちの二十七歳なんだからさ。
パーシヴァルは下唇を指先でつまんだ。ほらこんなにみずみずしい。「僕はヒナの家に居候中なんだ」ジェームズがいるから。
「え!そうなんですか?お金持ちなのに?」カイルは目を丸くした。
こうやって不躾に質問してくるところなんかも、ヒナに似ている。まあ、詰まる所、僕たちは親戚なわけだし、どこか似ていてもおかしくはない。随分遠い親戚だけど。
「まあ、金持ちだけどヒナの家の方が居心地がよくてね」だってジェームズがいるから。
「ジュスの家だけど」やっと口の中が空になったヒナが、口を挟む。
パーシヴァルはぎょっとしてヒナを見た。ジャスティンの存在は秘密じゃないのか?
「へぇ、それじゃあクロフト卿とジュスはお友達なんだね」カイルは熱心な様子で身を乗り出した。
「学校が一緒だったんだって」ヒナが言う。
「ジャスティンは途中でいなくなったけどね」そう言うと、カイルは驚いた顔をした。
「学校、好きじゃなかったのかな?ヒナと僕と同じだ」
ジャスティンは問題を起こして放校になったのだ。しかもさほど仲良しというわけでもなかった。どちらかといえば、気の合わない者同士、関わりを持たないようにしていた。
それがいまでは――クラブを譲り受けるまでになった。
まあ、譲り受けたのはジェームズで、僕はお金を出すだけの名ばかりの共同経営者なんだけどね。
「学校きらい。アダムス先生すき」ヒナはそう言って、ハッとした。「パーシー、手紙は?」
「ああ、そうだったね。エヴァンを呼ぼう」と言ったものの、エアヴァンがどこで何をしているのか見当もつかない。
「エヴァンさんなら、下でブルーノとお茶を飲んでいますよ。呼んできましょうか?」カイルが腰を浮かせた。
「いや」お茶の時間を邪魔するなんてマナー違反だ。「ヒナ、荷解きをしたらあとで部屋に届けるからそれでいいだろう?」
「いいよ」ヒナは快諾し、チョコレートを口にポンッと放り込んだ。喋っているか、食べているかのどちらかだ。
テーブルの上を見ると、チョコレートにクッキーにケーキ、キャンディーまである。
まったく。ブルーノはヒナを甘やかしすぎだ。
あとで注意しておかなければ。あの引き締まった臀部をぴしゃりと叩いたっていい。むしろ叩かれたっていい。
パーシヴァルの頭の中は淫らな想像でいっぱいになった。愛しいジェームズにお尻をこっぴどくぶたれながら、奥まで深く突き立てられたら、一瞬で果ててしまうだろう。ひどく恥ずかしくて、それだけでまたイッてしまう。何度も果てて、そのうち抱き合ったまま乱れたベッドで眠りに落ちる。目覚めて、また繋がる。そんな夢みたいな生活は、もう少しジェームズとの仲が深まらなければ無理だ。
ジェームズときたら、僕の身体を思う存分堪能するくせに、ちょっとの隙も見せやしない。寝顔?動けなくなるまでセックスしても、涼しい顔で僕をベッドから追い出すんだから、そんなもの見れやしない。本当に腹の立つ男だ。
「パーシー、ジャムのこと考えてる?」
ヒナの声に我に返った。どうしてジェームズのことを考えているとわかったのだろうかとヒナを見ると、ヒナは僕の股間を見ていた。
「ヒナ、不躾だぞ」パーシヴァルは威厳を持って言い、足を組んで起き上がったパーシージュニアを隠した。
カイルが不思議そうな顔でこちらを見ていた。「ジャムって誰?」
やっぱり気になるよね。
つづく
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私生活が充実していると、寛大な気分になれるものだ。
パーシヴァルは向かいに座ったカイルを、弟を見るような目つきで眺め回した。パーシヴァルには弟がいたことなど一度もないので、甥っ子を見るような目つきというのが正しいが。
うむ。なかなかかわいらしい顔立ちをしている。ヒナみたいにくりっとしたお目目は、世の中の汚い所なんて見たこともないのだろう。僕みたいな男は見ちゃダメだぞ。
カイルがパーシヴァルの視線に気付いたのか、つついていたレモンパイの皿をテーブルに戻した。こほんと咳払いをして、背筋を伸ばす。
「クロフト卿はヒナとどういう知り合いなんですか?ヒナのお父さんの友達?」カイルはやっと訊けたとばかりに肩の力を抜いて、ほうっと息を吐いた。
ヒナのお父さんの友達か。どうせならヒナの友達って訊いて欲しかったな。僕はまだぴちぴちの二十七歳なんだからさ。
パーシヴァルは下唇を指先でつまんだ。ほらこんなにみずみずしい。「僕はヒナの家に居候中なんだ」ジェームズがいるから。
「え!そうなんですか?お金持ちなのに?」カイルは目を丸くした。
こうやって不躾に質問してくるところなんかも、ヒナに似ている。まあ、詰まる所、僕たちは親戚なわけだし、どこか似ていてもおかしくはない。随分遠い親戚だけど。
「まあ、金持ちだけどヒナの家の方が居心地がよくてね」だってジェームズがいるから。
「ジュスの家だけど」やっと口の中が空になったヒナが、口を挟む。
パーシヴァルはぎょっとしてヒナを見た。ジャスティンの存在は秘密じゃないのか?
「へぇ、それじゃあクロフト卿とジュスはお友達なんだね」カイルは熱心な様子で身を乗り出した。
「学校が一緒だったんだって」ヒナが言う。
「ジャスティンは途中でいなくなったけどね」そう言うと、カイルは驚いた顔をした。
「学校、好きじゃなかったのかな?ヒナと僕と同じだ」
ジャスティンは問題を起こして放校になったのだ。しかもさほど仲良しというわけでもなかった。どちらかといえば、気の合わない者同士、関わりを持たないようにしていた。
それがいまでは――クラブを譲り受けるまでになった。
まあ、譲り受けたのはジェームズで、僕はお金を出すだけの名ばかりの共同経営者なんだけどね。
「学校きらい。アダムス先生すき」ヒナはそう言って、ハッとした。「パーシー、手紙は?」
「ああ、そうだったね。エヴァンを呼ぼう」と言ったものの、エアヴァンがどこで何をしているのか見当もつかない。
「エヴァンさんなら、下でブルーノとお茶を飲んでいますよ。呼んできましょうか?」カイルが腰を浮かせた。
「いや」お茶の時間を邪魔するなんてマナー違反だ。「ヒナ、荷解きをしたらあとで部屋に届けるからそれでいいだろう?」
「いいよ」ヒナは快諾し、チョコレートを口にポンッと放り込んだ。喋っているか、食べているかのどちらかだ。
テーブルの上を見ると、チョコレートにクッキーにケーキ、キャンディーまである。
まったく。ブルーノはヒナを甘やかしすぎだ。
あとで注意しておかなければ。あの引き締まった臀部をぴしゃりと叩いたっていい。むしろ叩かれたっていい。
パーシヴァルの頭の中は淫らな想像でいっぱいになった。愛しいジェームズにお尻をこっぴどくぶたれながら、奥まで深く突き立てられたら、一瞬で果ててしまうだろう。ひどく恥ずかしくて、それだけでまたイッてしまう。何度も果てて、そのうち抱き合ったまま乱れたベッドで眠りに落ちる。目覚めて、また繋がる。そんな夢みたいな生活は、もう少しジェームズとの仲が深まらなければ無理だ。
ジェームズときたら、僕の身体を思う存分堪能するくせに、ちょっとの隙も見せやしない。寝顔?動けなくなるまでセックスしても、涼しい顔で僕をベッドから追い出すんだから、そんなもの見れやしない。本当に腹の立つ男だ。
「パーシー、ジャムのこと考えてる?」
ヒナの声に我に返った。どうしてジェームズのことを考えているとわかったのだろうかとヒナを見ると、ヒナは僕の股間を見ていた。
「ヒナ、不躾だぞ」パーシヴァルは威厳を持って言い、足を組んで起き上がったパーシージュニアを隠した。
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つづく
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ヒナ田舎へ行く 239 [ヒナ田舎へ行く]
自転車を飛ばして、五分でダンを取り戻せば、三十分かからず屋敷に戻れる。
それなのに、すでに五分、外で待たされている。
ブルーノは苛々と足を踏みならした。
裏口のドアを開けたのは、前回同様ロシター似のアレンという男だった。
中へ入れろとは言わない。小さな屋敷でダンのいる場所など知れている。使用人としての扱いなら談話室、客としての扱いなら客間。仕事をする必要などないのだから、図書室で読書でもしているかもしれない。
六分経った。
ブルーノは拳を振り上げ、ドアを叩いた。
すでにダンに話はいっているはず。まだ現れないのは、ダンを帰すまいという何かしらの力が働いているからかも知れない。と、ブルーノは到底ありそうにもないことに思いを巡らせた。
ドアが開いた。
顔を出したのは、ロシターだった。黒髪をぴっちりと後ろに撫でつけ、わずかに見下すようにブルーノを見据える。
不遜な男だと、改めて思った。
放置してきたエヴァンとどことなしか重なった。
「何のご用でしょう?まさか、ヒナに何か?」ロシターは気遣わしげな顔つきになった。
「いや、ヒナには何もない。ダンを迎えに来たんだが、もう五分以上ここで待たされている」ブルーノは厭味ったらしく言った。
ロシターはおや?という顏をした。「ダンを?事情があって、そちらにはいられないのでは?」
「その事情が変わって、ダンを連れ戻しに来た」
ロシターは聞き捨てならないとばかりに黒い眉をつり上げた。こちらが強制的にダンを留まらせているわけではないと。
「伝言はアレンに?」一転、厳しい口調になる。
「そうだ」
ロシターはチッと舌打ちをした。
「ダンは居間で旦那様とお茶を飲んでいます」そう言ってブルーノを中に促し、居間への道を辿った。
ダンを呼んでくれればそれで済む話だが、時間を惜しむブルーノはあえて逆らわなかった。ついでにウォーターズに礼を伝えておくのも悪くない。ただし、かなり急ぎ足ではあるが。
前回ここに来たときよりも、さらに内装が変化していた。壁紙のほとんどが淡いグリーンを基調とし、調度品はごくごく控えめなものが控えめに置かれていた。見た目は控えめでも、値段はけっして控えめではなさそうだが。
ロシターが居間の入り口で、ブルーノの名を告げた。
促されるまま居間に入ると、ウォーターズが血相を変えて立ち上がっていた。
ダンはというと、ほとんど目の前まで駆け寄って来ていた。
「ヒナに何かあったんですか?」勢い余って、胸に飛び込む。
ブルーノはもれなく抱きとめたが、ウォーターズの手前、素早くダンの震える肩を掴んで引き離した。
「いや、ちょっと面倒が起きたので戻って来て欲しい」
つづく
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それなのに、すでに五分、外で待たされている。
ブルーノは苛々と足を踏みならした。
裏口のドアを開けたのは、前回同様ロシター似のアレンという男だった。
中へ入れろとは言わない。小さな屋敷でダンのいる場所など知れている。使用人としての扱いなら談話室、客としての扱いなら客間。仕事をする必要などないのだから、図書室で読書でもしているかもしれない。
六分経った。
ブルーノは拳を振り上げ、ドアを叩いた。
すでにダンに話はいっているはず。まだ現れないのは、ダンを帰すまいという何かしらの力が働いているからかも知れない。と、ブルーノは到底ありそうにもないことに思いを巡らせた。
ドアが開いた。
顔を出したのは、ロシターだった。黒髪をぴっちりと後ろに撫でつけ、わずかに見下すようにブルーノを見据える。
不遜な男だと、改めて思った。
放置してきたエヴァンとどことなしか重なった。
「何のご用でしょう?まさか、ヒナに何か?」ロシターは気遣わしげな顔つきになった。
「いや、ヒナには何もない。ダンを迎えに来たんだが、もう五分以上ここで待たされている」ブルーノは厭味ったらしく言った。
ロシターはおや?という顏をした。「ダンを?事情があって、そちらにはいられないのでは?」
「その事情が変わって、ダンを連れ戻しに来た」
ロシターは聞き捨てならないとばかりに黒い眉をつり上げた。こちらが強制的にダンを留まらせているわけではないと。
「伝言はアレンに?」一転、厳しい口調になる。
「そうだ」
ロシターはチッと舌打ちをした。
「ダンは居間で旦那様とお茶を飲んでいます」そう言ってブルーノを中に促し、居間への道を辿った。
ダンを呼んでくれればそれで済む話だが、時間を惜しむブルーノはあえて逆らわなかった。ついでにウォーターズに礼を伝えておくのも悪くない。ただし、かなり急ぎ足ではあるが。
前回ここに来たときよりも、さらに内装が変化していた。壁紙のほとんどが淡いグリーンを基調とし、調度品はごくごく控えめなものが控えめに置かれていた。見た目は控えめでも、値段はけっして控えめではなさそうだが。
ロシターが居間の入り口で、ブルーノの名を告げた。
促されるまま居間に入ると、ウォーターズが血相を変えて立ち上がっていた。
ダンはというと、ほとんど目の前まで駆け寄って来ていた。
「ヒナに何かあったんですか?」勢い余って、胸に飛び込む。
ブルーノはもれなく抱きとめたが、ウォーターズの手前、素早くダンの震える肩を掴んで引き離した。
「いや、ちょっと面倒が起きたので戻って来て欲しい」
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